●介護施設なのに、ヨーロッパのまち並み……?!
この施設のオーナーは、同じ敷地内で皮膚科のクリニックを営む医師で、かつ、レストランのオーナーでもあります。そして、お付き合いしてみてわかったのですが、無類の「建築好き」というか、建築物を建てることが、自身の「趣味」や「遊び」も兼ねているような方です。

そのオーナーから、施設をつくるにあたって私に出された要望は、次のようなものでした。「この庭を活かした家をつくってほしい。いや、というか、むしろ”家つきの庭”をつくってほしい」

そして、もうひとつ、
「ヨーロッパのまち並みのような雰囲気をここにつくりだしてほしい」

介護施設なのに、ヨーロッパのまち並み……?!
当初はなかなか私のなかでもイメージが定まらず、正直苦心しました。
が、何度かスケッチをもとに打ち合わせをするうちに、次のように心が決まりました。

·まずは、オーナーのご希望に十分に応える建物とする。

·外観と内部が乖離しない建物とする(外観だけヨーロッパ風で内部はふつうのデイサービス、というものにはしない)

·介護する側の利便性を最優先して全体を構成することはしない(想定する利用者の快適性を優先する)

上記のように決め、オーナーと密度の濃い打ち合わせを重ねながら、イメージを細部までつめていきました。

●技術的な苦心を重ねたからこその、「自然さ」「何気なさ」

この建物のイメージの具現化には、いろいろな部分でかなり手がかかり、非常に苦心しました。

何気なく見えているものが、じつは、技術的に苦心を重ねた結果であったりします。

たとえば、窓。
この施設の窓は、防犯上すべてシャッター付きです。
しかし、外観にシャッターボックスが見えてしまっては、建物の”表情”が生きてこないだろうと考え、試行錯誤した結果、壁を厚くし、シャッターボックスを壁の中に格納することで、外からはまったく見えない設えを実現することができました。

同様に、給排気口なども、通常はもっと外に出るものなのですが、この施設では外からはまったく目に入らないよう、軒裏に仕込んで隠しています。

これらひとつひとつのことに、細かく対応し、余計なものを見えなくすることで、ようやくオーナーが求める「ヨーロッパ的な雰囲気」の外観にたどり着くことができました。

●「デイサービス」施設のひとつの深化形として
施設の正面玄関には、存在感のあるアールデコ調のキャノピー(庇)が備えつけられています。これは、ロートアイアン(鋳物)の工場を探して、わざわざオーダーしてつくってもらったものです。イメージは、パリの地下鉄の入り口にあるようなキャノピー。「できればフランス人になりたかった!」という語るオーナーのためにデザインしました。

内部の階段の手すりなども、同じロートアイアンでオーダーしたものを設置しています。
このほかにも、内装の材料には質のいいものを揃えており、それらが、施設の内部全体にシックで深みのある印象を醸しだしています。

建物の西側には、八角形のサンルームがあります(オーナーが希望する「まち並み」の雰囲気を創出するため、サンルームの外壁にはポップな配色を用い、建物全体の外観にリズムが出るよう工夫しました)。

このサンルームに座り、お茶を飲みながら、オーナー自慢のオレンジやレモンの木が植えられた庭を眺めていると、その気持ちのよさに、文字通り時が経つのを忘れてしまいそうになります。デイルームには暖炉もあるので、寒い季節には、優しい炎を囲みながら会話がはずみそうです。

体は少々弱っているけれど、知力は衰えていない高齢の方々に、「家で過ごすよりも、ここで過ごすほうが快適」と、お友達同士誘い合い、ゆったり利用してもらえる場──それがこの「オレンジハウス」です。

そう、各所に効果的にあしらわれた「オレンジ色」は、オーナーがもっとも好きな色です。
施設名が「オレンジハウス」に決まったと聞いたときは、だいぶストレートなネーミングだなと思いましたが、今は、わかりやすく、親しみやすく、フレッシュな響きが、この施設にぴったりだなと私自身も愛着を感じています。

「オレンジハウス」を通じて、「デイサービス」のある意味深化したかたちを提示することができました。機会を与えてくださったオーナーに心から感謝しています。