水戸ってどんなよ=水戸を水戸となさしめているのは何か

水戸をどうしたいかと漠然と言っても、何から考えればいいのか、迷ってしまいます。
都市計画みたいな、ハードの話もあれば、教育や福祉や医療や買物や育児、あるいは脱原発みたいな話まで、身近な問題から遠大な話まで、何でもできちゃう。
 ぼくが考えたいのは、自分が快適に住める場所としての水戸、ぼくの(子どもたちの)アイデンティティである水戸です。そういう意味で、ぼくは、水戸駅北口~大工町辺りの、上市(うわいち)に焦点を当てています。
ぼくが、上市にこだわって話をしていると、反論する人が良く現れます。曰く、人口が多い、元吉田・笠原・見和・見川といった、50号バイパス付近を新たな水戸の中心ととらえたほうが良いのではないか、とか。市役所の現位置建替えが決定したし、賃料が今最も高いのは、水戸駅南地区であるから、ここを中心に考えたほうが良い、とか。
 確かに、50号バイパス付近は、上市に比べて、人口は約8倍位住んでいます。お店もいっぱいあります。上市はオフィスがガラガラなのに、駅南はいっぱいです。駅の人の流れも6割以上が南に流れています。新しいビルがたくさんあって、綺麗です。勢いがある感じがします。商業的に言うと、内原のモールやその周辺の勢いがすごいし、学生に聞くと、「ウチジャス」はデートスポットです。
でも、ぼくにとって重要なのは、広大な住宅地があるかじゃなく、立派なオフィス街でもなく、ショッピングモールでもなく、市役所でもないんです。だって、ぼくの住んでいる町にはね、住宅地があるんだよ、綺麗なオフィスがあるんだよ、市役所があるんだよ、ショッピングモールがあるんだよ、と話したところで、そんなの、どこでもあるじゃん?ってなるからです。
千波湖があって、那珂川があって、馬の背といわれる地形、偕楽園があって、弘道館があって、水戸徳川家があって、等々、ぼくが誇りに思える水戸の、重要な要素が詰まっているのは上市です。そんな話なら、別に千波湖も、那珂川も、歴史も逃げやしないから、まちづくり云々いう必要ないんじゃないの?と思われるかもしれませんが、ぼくが子どものころ、上市はとても活気がありました。そういった歴史・地勢の上に、人々が生き生きと生活をしていました。それがぼくの原風景としての水戸です。それを懐かしく思い出しますし、とても誇らしく思います。その思いを、次世代にも受け継ぎたいのです。だから、上市を元気にしたいです。千波湖や偕楽園に代表される美しい風景、歴史ある風土、芸術、そこでどんよりと暮らす人々。じゃなくて、生き生きと暮らす人々にしたいです。